フリーランス言語聴覚士はしっ子の、こだわらない話

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人を受け入れる器

【第79回】

人を受け入れる器


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今日は
人と関係性を築くとき、


なくてはならないもの


をテーマに、ちょっとだけ書きたいと思います。





あなたの中に、

人を(相手を)受け入れる器はありますか?





人は誰しも
「自分の話を聞いてほしい」性質があるそうです。




単純におしゃべりしたいというより、



自分のことを知ってほしい。

興味を持ってほしい。

自分を理解してほしい。



一種の承認欲求ですが、
そういった性質をみんな誰もがもっているそうです。




コミュニケーションは
相手がいないと成立しないものですが、




自分がしゃべりたいばかりに

相手を聞き役に徹しさせていませんか?



または、
相手の話にきちんと耳を傾けていますか?



話す人の方を見て

アイコンタクトをしたり、
相槌を打ったり、
時には質問をはさんだり、


「あなたの話を聞いています」という状態を示せていますか?






というのも、


自分の心が満たされていないと、
人を(相手を)受け入れる器がもてません。




認められたい、
承認されたい、


気持ちが自然にでてしまい
自分の中に相手を受け止められる余白がないと



安定したコミュニケーションはできず、

関係性は育まれないものです。





私の業界だと、


よく若手のセラピストで

沈黙が怖くて患者様を質問攻めにしてしまったり、


自分のプライベートの話の聞き役に
させてしまったりする場面を見かけます。




こちらの話をおもしろがって聞いてくれるなら
関係性は成立しているので、話は別です。



ですが、


普段一人暮らしで話し相手がいないから
お話したい患者様もいるはず。


逆にリラックスするために
あまり話したくないという方もいるはず。



そんな方に、
こちらの都合で一方的にお話してしまう、


そして患者様はその治療にお金を払っている、


これでは両者の関係性は残念ながら成立しません。




失語症の方のリハビリ場面で、

患者様を聞き役にさせてしまい、

フリートーク場面で言葉を引き出せていない場面も

あります。


これではお互いに疲弊してしまいます。




そんな時は、冷静に。




果たしてコミュニケーションの掟


言葉のキャッチボールができているか、を

俯瞰的に見てみてください。





人を(相手を)受け入れる器ができていて、


初めて
お互いに負担のない距離に近づいてきます。




多忙になったり

何か心がザワザワしていると、



この心の余白が十分に持てないこともあります。




そんな時こそ、気づいたときに軌道修正。




自分の中に

この心の余白があるか、
私はいつも十分に気を付けるようにしています。



それが人を(相手を)受け入れる器になっていくから。





みなさんはどうですか?



明日からの対象者とのコミュニケーションに

何かヒントになれば幸いです。