フリーランス言語聴覚士はしっ子の、こだわらない話

~北のマチのフリーランス言語聴覚士の医療教育系ブログ~このブログを本にしたい

食べる力を高めるまちづくりとは

【第104回】

食べる力を高めるまちづくりとは

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いつもこのブログに訪問下さり
ありがとうございます。


今日は、先日リニューアルした
NPO食べる力・円のホームページの紹介をさせていただきますね。




peraichi.com






以前まで利用していたホームページが
内容もかなり古くなってしまったので、

一式リニューアルいたしました。




簡単な内容としては、



  • 嚥下障害予防の講演事業
  • オンライン嚥下障害相談室
  • まちなか嚥下障害相談室
  • 介護食・嚥下食料理講座

などのご案内をしています。



まちなかはリアルで、
遠方からはオンラインで、


広く利用していただければと思います。



北海道北見市で、人口規模約11万人であっても、

まちなかで嚥下障害相談室を開設していると、

「相談をしたい」と声をかけてもらえるもので、



嚥下障害に関すること以外でも、

言語聴覚士常在ということで

お子さんのことばの発達に関する相談なども
度々あります。



在宅介護中の方も

ご自身の仕事と重なると

なかなか時間をつくることが難しいものですが、

オンライン嚥下障害相談室を開設していたことで

スムーズな導入に繋がりました。




新型コロナ感染拡大後の好影響として

YouTubeやオンラインツールが広がり、

自分が住む地域から遠くの人との交流が当たり前になりました。



だからこそ、「どんな人と繋がるか」が大切だと思うのです。




どんな人で
どんな価値観で
どんなことを共有できるか





「繋がりたい人」を選ぶ時代となった今としては、

「繋がりたい」と思ってもらえる人であることが大切で、



自分も発信者として、専門家として、
そうありたいと思っています。




NPO食べる力・円は小さな活動団体ですが、


小さいからこそ垣根が低く、
つながりやすいのではないかと思います。




食べる力を高めるまちづくりを目指して。


一人一人が食べる力を意識するだけで大きな力になる。

一人一人が食べる力を知ることで、それは、まちづくりの大きな力になる。




詳しくはこちらのホームぺージも
ぜひ覗いてみてください(^^)



peraichi.com




介護施設等にも嚥下相談訪問に伺っています。


食事形態について、食事の注意点や工夫点について、外部の専門職に相談すること、そういった形で連携できます。


ご利用ください(^^)

目先の利益に走らされるな

【第103回】

目先の利益に走らされるな

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いつもこのブログに訪問くださり
ありがとうございます。




最近私の心に
すごく響いているメッセージ、




『短期で見るな、長期で見よ』




について、
今日は綴りたいと思います。




今の慌ただしい世の中において、
すぐ結果を求めることが

当然のように振舞われています。




「それで、上手くいったんですか?」
「それで、儲かったんですか?」
「それで、結果はどうですか?」




テレビを見ていても、
キャスター達からこのような発言がよく聞かれます。



限られた放送枠で、
チャンネルを変えられないために、


よりキャッチ―な内容にすることを
余儀なくされることはわかりますが、


本来、短期間に結果が出るものって、
そう多くはないものです。




短期間で結果がでても、

長期間で見た方が
より良い結果が判明したり、


物事はじっくり見た方が
全体をよく捉えられるもの

なんですよね。




でも、どうしても
今は長期よりも短期で見る人が多い。



それは、
会話をしていてもわかります。




「で、良かったの?悪かったの?」
「結論は?」




すぐに結論、結果の短期を求め、


会話の中から考え、導き出し、

感想や意見を言うことを
遠ざけてしまう・・・




そこに「思考」が入っていないので、

十分な対話がなされないことが
多いんですよね。





リハビリ職においても、

この「短期を見て長期で見れない現象」は
あてはまると思います。




急性期や回復期病院での
就職希望が集まり、


維持期や終末期を希望する人は少ない。




目先のわかりやすさを
捉えることができても、


長期的に全体を総括して
包括的に捉えることができない。



ましてやそこに、


「面白み」や「やりがい」を感じることは到底遠く及ばない・・・



これ、
結構当てはまるのではないでしょうか。





私が言いたいことは、
それでは勿体ないなぁということ。




別の言い方をすると
「具体」と「抽象」と表現できます。




具体レベルでしか
物事を捉えられない人は

抽象レベルでは物事を捉えられない。




これでは非常に見方が狭く、

気づける範囲が限定され

大事なところを見落としてしまうことがあります。




具体レベルを求める人にとって
抽象レベルの話をする人は、



いつも言っていることがわからない
早く結論を言ってよ、


ということになりますが、



抽象レベルにこそ、

解決策につながる重要なヒントが
隠されています。





自分の分野のお話をさせてもらいますと、


維持期(生活期)のリハビリは
おもしろいものです。



人は加齢により
時間の経過とともに変化する、


ことを前提にしたうえで
プログラムを組み立てると


短期で見たときとは
全く異なるプログラムになります。




置く視点が違うから、
そのようになるんですね。



短期で見ず、長期で見た方が


柔軟性があり、幅があって
断然おもしろいんです。



それは、
ゴールを遠くに設定しているから。
 

その間に取り組める
いくつものステップを用意できるから。



とても取り組みがいのあるもの
なんですよね。

(性格的な向き不向きもあるとは思いますが)





短期でみてすぐに結果を求めることは、

言い換えると


「目先の利益に走らされる」とも言えます。





キャッチ―なわかりやすさに
振り回されるな。


目先の利益に走らされるな。




長期的な目線で見られる人の方が、
ドシッと安定しているものです。



短期的な見方をしているひとは、

どこか移ろい易く、
まわりに振り回されやすく思います。




心の安定のためにも。



目先の利益に走らされないことが
必要です。



今の時代、
情報の取り方もテレビの情報を鵜呑みにし、

テレビからしか情報を得ていない人は


簡単に情報を取って
満足してしまっている

目先の利益に走らされている人です。




これだけ情報が
得られやすくなっている時代。

テレビ等でだれもが簡単に得られる情報を持っていても、


それが価値にはなりません。
ましてやその情報が真実とは限らない。



自分で情報を取りにいって、
デジタルツールや頭や

SNS等での
人とのつながりやすさを駆使して


生の情報を掴んでいく。




これらの行動は、
誰もが手に入る情報を鵜呑みにせず


立派に
目先の利益に走らされていない人です。




短期的に見たら大変な行動でも、

長期的に見たら
その努力は大きな差になってきます。




そこで初めて


「教養」と呼べるものに
近づいてくるのではないでしょうか。



目先の利益に走らされない。




これは、あらゆる事柄にあてはめて
考えられそうです。



皆さんの思考と行動のヒントになれば、
と願います。




「短期で見るな、長期で見よ」

お仕事を依頼されるということは

【第102回】

お仕事を依頼されるということは

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いつもこのブログに訪問くださり、
ありがとうございます。



今日のテーマは、
「お仕事を依頼されるということは」




組織に所属していても、
独立してフリーランスであっても、



「お仕事を依頼される」構造は
いたってシンプルなものです。



それは、

「この人に頼みたいと思えるか」


そして、


「この人なら期待通りに仕事をしてくれるか」

ということ。




他部署からの依頼でも、

直属の上司からの依頼でも、

組織外からの依頼でも、




お仕事を依頼する側は、


この「この人に頼みたいと思えるか」と
「この人なら期待通りに仕事をしてくれるか」



を、無意識に意識し、
これらの条件に当てはまる人に

相談、依頼しているものです。



上司が仕事をふる場合でも
「この人なら期限以内に一定基準でクリアしたものに仕上げてくれるだろう。」



その基準で選択しています。




さて、そんな時、
みなさんは何を感じますか?



そしてどんな準備をしますか?




京セラ創業者 稲盛和夫さんは、

著書 京セラ経営哲学の『京セラフィロソフィ』の中で、


仕事を頼まれたらその期待値を超えろ、と
書かれています。





相手の期待値を超える。



求められている仕事の期待値は
どの程度かを考え、見極める。




そのために、お仕事を依頼した側の
気持ちを考えることが大切です。



「何を求められているのか」




そこを考えないと、相手の求めているものとは
ちぐはぐになってしまいます。




私は、講演の依頼があった時、


主催者がどんな講演会を目指しているのか、

参加者にどうなってもらいたいのか、

主催者として話してほしいテーマはなにか、




必ず明確に聞くようにしています。




しっかり言語化し、共通理解にしないと

必ずずれてしまうから。



これはとても大切な作業です。




相手の求めていることも正確に捉えないまま、

依頼された仕事に取り掛かると、

最初から検討違いにずれてしまっていたり、

ゴールも曖昧になってしまいます。




それだと時間も消耗し、
自分の自信に響いたり、相手からのスキルの評価にも影響してきます。




お仕事を依頼した側の期待を超えるには、



まず、相手が
「なぜ自分に依頼し、何を求めているのか」


そこをしっかりと精査する。


初めにしっかりと聞き、自分でもよく考えること。



そこが着実に相手の期待に応えるポイントとなります。






その上で、
相手が求めているレベルの
ほんのちょっとを超える工夫をする。



そのほんのちょっとの工夫とは、

速さなのか、正確さなのか、おもしろさなのか、
案の種類の多さなのか、

はわかりませんが、



これが、「お仕事を依頼してくれた」人を

期待値以上に喜ばせる結果となります。





お仕事を依頼された時、
果たして自分に出来るものなのかドキドキしますよね。




でもそこは、

お仕事を頼んだ側が、
「この人なら期待値を満たした仕事をしてくれるだろう」と、



選び、選ばれたということ。




守るべきことを守れば、


あとは堂々と

「仕事を依頼されたことを喜んで」



その仕事に向き合っていけると良いと思います。



なぜなら「この人なら」と、
選ばれたということですから。




変に恐れることなく、
プレッシャーを感じすぎることなく、


何を求められているかをすり合わせる。



お仕事を依頼した側も、依頼された側も
気持ちよく過ごすことができるポイントだと思います。





お仕事を依頼された、ということは
あなたは選ばれたということ。



そして、相手の求めていることに
応えることができると評価されているということ。



そこはぜひ自信をもってください。

やりたいことと、そうではないこと。

【第101回】

やりたいことと、そうではないこと。


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いつもこのブログに訪問いただき、
ありがとうございます。




「やりたいことを仕事にする」




何年か前からこの言葉があちこちで飛び交い、
聞かれるようになりました。




「やりたいことを仕事にする」



私はあまりこの言葉、しっくりきません。




やりたいことを仕事にすることで、

モチベーションを維持できたり
良いことはたくさんあるでしょう。




ですが、
自分の「やりたいこと」である以前に、


「人」に、「社会」に、
必要とされていることなのか、




が、何より大切なことです。



必要としている人がいて、
喜ばれることであれば


それは自動的に「仕事」になります。




「やりたいこと」が先行しすぎていて、
市場を無視してしまっている人は結構います。


だから、「やりたいこと」を
仕事しなければならない、に縛られる必要はないのだと思います。






そもそも仕事とは、


「やりたいこと」と「やりたくないこと」の
2つに分けられるものではない





「やりたいこと」ではないけれど、
好きな仕事の場合もあるし、


「やりたいこと」ではないけれど、
嫌いな仕事じゃない場合もあるし、


「やりたいこと」ではないけれど、
どちらかというと得意な仕事という場合もあります。




そもそもが

やりたいか、やりたくないかの二元論で
どちらかに線引きできるものではないんですよね。




「やりたいこと」を仕事にすることが良しとされる、


でも、そこには
善か悪かのような極端な二元論しかない。


それはちょっと無理がある。


最近の風潮を
変に意識しなくても良いのだと思います。





最近、言語聴覚士さん限定アンケート調査

こんなおもしろい視点の企画がありました。





言語聴覚士限定】
売り手市場のSTは好きな仕事をやれているのかアンケート

1post.jp






私もアンケートを回答したのですが、


この結果はなかなかおもしろい、
考えさせられるものでした。



と同時に、

これから目指そうとする人や

今、目指している学生さんが見たら
どのように感じるか、

ちょっと心配になりました。





アンケート結果からは、

「やりたいことをやらせてもらっていない」と感じている人が
多い結果となりましたが、




「やりたい仕事」ではなくても、

そこではとても必要な仕事で、
求められていることであることも多いものです。



私たち言語聴覚士のお仕事だと、
「嚥下障害の治療」が当てはまります。




言語聴覚士のお仕事分野の中でも、
超高齢社会の今、ものすごい勢いでそのニーズは高まっています。



でも、本来、小児分野であったり
聴覚分野が志望で言語聴覚士になった人にとっては、


就職先が限られ、思った場所に就職できず
働いた先では自分の本来志望していたお仕事と違う、

そんなことが起こっています。





問題は、どう折り合いをつけられるか。




自分の職業において、
世の中に求められていることは大切な仕事。


自分の職業において、
今は出来ていないけど「やりたいと思っている」ことは、


対象者が少なく、マイノリティであるけれど、
その対象の世界ではとても大切な仕事です。



世の中には、
最初はお仕事にならなかったけど、

続けていくうちに仕事になっていったというケースがあります。




本当にやりたいことで、たとえニッチな世界でも
それを求めている人がいるならば


初めはボランティアでもなんでも

とにかく向き合える場所を設けることが
大切です。




そこからボランティアだったものが
気づけば本業になっていく、

進みたい分野につながっていく



そんなことも多いものです。




この方が「やりたいこと」が出来ない、
で悩んでいるより、よっぽど不毛な時間を過ごさなくて済みます。






また、私はフリーランス言語聴覚士として
活動していますが、



フリーランスの立場になって約4年、

これまでフリーランスで働きたい、
全国のたくさんのSTの方から相談を受けました。



私は、フリーランスの立場にならなければ
出来ないことがあったから、フリーランスになることを選びました。



要は、やりたいことのために
フリーランスになるしかなかったから。




目標と、目的が明確であったため、

フリーランスになってから色んなことがあっても、

フリーランスになって良かったと、満足しています。



でも、これは私の場合。




当たりまえだけど、たくさんの価値観がある。



はっきり言います。



フリーランスにならなければ出来ない、
やりたいことが決まっているならばフリーランスになってもいいと思います。




でも、フリーランスとは、
文字通り「一人になること」



それは想像以上に過酷で孤独なものです。



その立場になって初めて
組織で守ってもらっていたことのありがたさを
痛切に感じます。



フリーランスの立場ではなくても出来そうなこと
であるならば、それは無理にフリーランスになるべきではありません。



目標と目的がしっかりしていないまま、
飛び出してしまうと、続きません。


情熱が続かなければ、継続は難しい。



最初の動機となる「思い」と、
現在の「思い」がぶれていたら

信念がないとなかなか続けられません。



フリーランスになるということは、
裸一貫である以上、戦いの連続です。




そして起業すること、
株式会社、合同会社などの形態など


一般の医療職では決して勉強しない

一通りのビジネスに関する勉強に
しっかりと飛び込み、自らどんどん学んでいく。



一人でやろうとせず、
異業種の仲間をどんどん作っていく。



この姿勢が大切である、
続けられるためのポイントだと思います。






「やりたいこと」と、「やりたくないこと」
の二元論ではなく、



「やりたいこと」と、「そうではないこと」
くらいの意識で



はっきり線引きしない、曖昧さの方が

しんどくならずに丁度良い塩梅なのかもしれません。




やりたい仕事じゃなければ仕事じゃない、
そんな価値観に縛られることなく、


ほどよいバランスで
自分からやりたいことに繋がる
きっかけを掴んでいく。


一度ついた火が燃え続けられるように、
ベースとなる思いの土台をしっかり築いておく。



これらが長期的に、
自分のやりたい仕事に向き合い、継続できる秘訣ではないかと思います。




皆さんはいかがですか?


どちらか一つで考えない。

見方は狭めなくっていい。


そこが大切であると感じています。

旅によって視点を変え、軸を整える

【第100回】

旅によって視点を変え、軸を整える

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いつもこのブログに訪問下さり、
ありがとうございます。



2017年11月23日に第1回ブログを投稿し、

医療教育系ブログ 
フリーランス言語聴覚士はしっ子のこだわらない話
がスタート



2年7カ月が経ち、この回で第100回となりました。


記念すべき第100回。



まずは続けられたことがとても嬉しいです。


といっても、今回もいつもと変りなく、淡々といきたいと思います(^^)





本日のブログテーマは、

旅によって視点を変え、軸を整える



私は、旅が好きです。


旅というより、自分の中では冒険です。


自分にとって未開の地に足を踏み込む。

あのワクワク感。



見たことのない景色などを見て新しい刺激が入ってきたとき、
脳はものすごく活性化するといいますが、


まるで本当にキラキラして見えるかのように、
脳が喜んでいることを感じます。



その度に、「あぁ~~生きてるなぁ~」と
今、自分の命と肉体がしっかりとあることを感じます。




以前、好きが高じて観光マスターの資格もとりました。



言語聴覚士 × 北海道観光マスター


恐らく全国各地にも、
この組み合わせはいないでしょう。


北海道の旅の話になると、
前のめりに話します(笑)



お仕事場面で高齢者の方とお話するときも、
ご当地話は重宝します。


お話ネタをストックしていると、
フリートークで困ることが少なくなってきます。




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これまで、プライベートやお仕事で、

東北、関東、関西、四国、九州、沖縄
海外ちらほら、小さな離島、



北海道は、ほぼ1周海岸沿いをドライブして周り、

一人旅からキャンプ、車中泊まで楽しんでいます。



旅をして新しい場所を訪れ、
新しい体験をする度に


全身の血が入れ替わるようなすっきりさと、
身体の隅々までエネルギーがいきわたる様な感覚になります。





ここで、皆さんにもオススメしたいのは、


旅によって視点を変えるということ。
そして、旅によって軸を整えるということ。 




私たちは、普段見慣れているもの、
なじみのあるものに触れたとき、脳はあまり反応しません。



いつもと変わらぬ光景を前にして
視覚から入った情報を脳が処理する時に

いつも通りの認識をするためです。




旅によって、視点を変えるということは、
新しい場所で新しい見方をするということ。


旅じゃなくても、初体験するものは何でも
脳はよく反応するのですが、


五感をフルに使って
脳に刺激を与えてひらめき脳を得るには、

やはりいつもと違う環境に飛び込むことが一番です。




そこで、手っ取り早いのが、旅すること。

近場でも遠方でも構いません。


そこに、自分の知らない世界があるなら、十分です。



日頃の情報をシャットアウトして
まっさらな頭でいると、行き詰っていたことも

何かしら気づきとなるヒントが湧いてきます。



頭がクリアになり、心身が癒されたところで
ヒントやアイディア、閃き、メッセージがわいてくる。



旅にはそんな力があります。




私がよく実践するのは、

自分の知らない地域に行き、
その町の文化や発展、歴史や産業を学び、

自分の足で歩き、五感でその町を感じること。



同じ日本国内であっても、
自分の知っている世界での暮らしとは異なる


どこかの誰かの暮らしを見る度に、
「色んな暮らし方があるのだ」と、腑に落ちる学びがあります。



その瞬間に、自分の知っていると思っていた世界が
バァーーーーーンと広がり、



悩んでいたこともどうでもよくなります。




色んな人がいて、色んな人が暮らしている。



そこをリアルに感じることで、
自分の狭い世界観がぐっと広がる感じがするのです。





そして、旅によって軸を整えるということ。





旅により、知らない世界を見て

普段と違う脳の使い方をすることで、

リセットされる。



リセットされて、空っぽになることで、

エネルギーが満たされていきます。


そこでまた明日からの力が湧いてくる。




心の軸が乱れていると、
様々な情報に惑わされてしまい、

色々な判断に迷ってしまいます。



どれだけ気を付けていても、
時々、心の軸は乱れてしまうもの。


だから、時々整える必要がある。


そのために、私は旅で様々なことをリセットし、
心を空っぽにして新しいエネルギーで満たし、

ぶれた心の軸を整えていきます。



人と関わる、人を見るお仕事をする上で

いつも心の状態を安定させておくことは大切なことです。



自分が満たされていて、初めて人と向き合うことができる。



ちなみに私には必ず叶えたい夢があります。


それは、47都道府県をお仕事でまわること。


プライベートではなく、
お仕事でその地を訪れることがポイントです。


プライベートではなく、
お仕事で自分の住まいとは違う土地に行くと、なんだかとっても楽しくてワクワクするんですよね。



ということで、
このブログを見てくれている方、


あなたの土地に呼んでくださいね(笑)




第100回はこのような内容にしました。


今後とも、よろしくお願いいたします(^^)

プロトタイプのない未来

【第99回】

プロトタイプのない未来

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いつもこのブログに訪問くださり、
ありがとうございます。



いつもこのブログを綴るにあたり、



タイトルやテーマになる言葉が
ポンっと頭に浮かんできます。



それをそのまま書いたり、
少し寝かせておいたりするのですが、




今回は、「プロトタイプ」という言葉がパッと浮かびました。



プロトタイプ


原型、基本型、手本、模範。


今回のブログテーマは、「プロトタイプのない未来」




原型、基本形、手本、模範のない未来、
ということになりますね。




今、この言葉に

「不安」を感じる人と、感じない人が分かれると思います。



私自身は、自分の子どもの将来を考えた時、

今のような社会の仕組みではなく、



義務教育が解体されていたり、
海外のスクールに通うことが普通であったり、

会社で働く仕組みも今とは様変わりしている

そんな世の中になっていたら、おもしろいなと感じています。



自分が歩んできたものと、「未来」が異なるならば
私はそこに期待し、わくわくします。




この捉え方は、人によっても様々ですよね。





プロトタイプのない未来。



ここでさらに取り上げたいのは
プロトタイプのない働き方。




私は言語聴覚士として、
4年前に個人的な働き方改革をしました。



簡単にいうと、


「ここでしか働けない」の考え方から、
「どこでも働ける」に変換しました。




どういうことかというと、



言語聴覚士やリハビリ関係、介護、医療関係の職業の人は、


通常、病院や介護施設等で働きますよね。



そこを通常の働き場所以外でも、
もっと多くの場所で働きたいと思ったことがきっかけでした。



そのために、
フリーランスの立場になることを決め、


所属しない形で、実際に
様々な場所でお仕事をさせていただいています。



なぜこのように思ったか、というのも

通常のその専門職が働く場所で働いていても、

新たな広がりがないと感じたから。




自分の職業を大切に考え、
その未来を真剣に考えたとき、



病気になった後の人のリハビリをする大切さ以外にも、



病気になる前に出会い、

専門のリハビリがあることを知ったり、
その予防をすることを伝えたり、


病気になる前に出会えて「安心」を感じられる


そんな風に働く言語聴覚士
必要なのではないかと思いました。



同じ職業の仲間が現場で頑張ってくれている分、
自分はこんな風に働こうと思い描けるものがありました。



そして、これから職業を選ぶ
中学生や高校生のことを考えたとき、


学校の先生や警察官、美容師に調理師・・・


数多ある職業の中から、その仕事を選ぶときに

そもそもその職業の存在を知らないと
「職業選択」の場にも並ばないことに気づきました。



そうなると、
自分が大切にしている好きな職業を目指す人が
今後どんどん少なくなってしまうかもしれない。


少子化で、人口減少が進む日本において、
これは致命的なことです。



知ってもらわなければ。


もっともっと外に出て、自分の仕事を知ってもらわなきゃ。
たくさんの人に出逢わなければ。


それが、フリーランス言語聴覚士という立場になり、



プロトタイプのない未来


プロトタイプのない働き方を選んだ理由です。




みなさんはいかがでしょうか。

このブログを読んでくださる皆さんであれば、
感じるところがあるのではないでしょうか。




リハビリ業界では、

理学療法士は今後
供給過多状態になるといわれています。


要するに、
就職先よりも働きたい人が
余ってしまうということ。


言語聴覚士は、需要過多で
職業としては今後も安定しているといいます。



そうなると、
自分のお仕事、暮らしの安定のため、

むやみに自分と同じ職業を
目指す人を増やしたくない、


そんな考え方もあるでしょう。



でも、それだと何も広がらない。

人がいる限り、病気はなくならない。



病気への向き合い方、アプローチの仕方を変えていけば、

仕事はいくらでも生まれてきます。



自分の職業の従来の働き方に
捉われる必要はない。


そう、強く感じています。





先日、これまでの取り組みの一部を専門誌に掲載して頂きました。


「地域保健」という
保健師さんの定期業界誌(2020年5月号)に寄稿したものです。





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(NPO食べる力・円の取り組みー言語聴覚士による地域共生の活動ー)




ご覧になられた方もいらっしゃいますか?


もし、手に取る機会がございましたら、
ぜひ読んでみてください(^^)




全国でも例は多くありませんが、

言語聴覚士の働く場所も、

行政や学校機関など
少しずつ広がってきています。


組織に所属するとしっかりと働けます。



しかし、組織に所属しないという方法で、
多岐に渡る場所、場面で貢献した方が、

自分の職業の専門性を最大に発揮できるかもしれません。




こんな働き方があったらいいな、

それが実現できる可能性は
実はそう低くはなく、


その一歩を
誰も踏み出していないだけなのです。



シンプルに言うと、一歩踏み出して
やるか、やらないか。


きっかけがあれば、
トントントンと進んでいくことも

意外と多いもの。




そのためには、たくさんの人と出逢い、

自分が目指す形、
姿を声に出して発信すること。



それは間違いなく、

プロトタイプのない未来に
つながっていきます。



プロトタイプのない、

なんて不安に感じる人も
多いかもしれません。



でも、
そこからしか生まれないものがある。


そして、それがやがて
スタンダードになる時がある。




「やりたい仕事がない」という人も、


ただ単純に、「今(現代)」に、

たまたま自分の「やりたい仕事」がないだけなんです。


未来には、その人のやりたい仕事も
あるかもしれない。



仕事や働き方は時代と共に、
とても流動的なもので

変化の絶えないものです。


ぜひ、受け身にならず、
いわゆるwithコロナの時代、


今あるものより、
今ないものにワクワクして、

思考や視点をちょっとだけ変えてみる。


そこから気づけるものがあります。


自分の中に湧いてきた
素朴な疑問を無視しないで、

素直にその声を聴いてみる。


すぐにその声に
答えることができなくても、

自分の中の素直な言葉を
忘れずにとっておく。


ぜひ、自分の未来に少しだけ
ワクワクしてみてください。


自分の未来を勝手に決めつける必要は
どこにもないのですから。

古きを知り、新しきを知る。

 
【第98回】

古きを知り、新しきを知る。


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いつもこのブログに訪問くださり、
ありがとうございます。



本日のテーマは、

「古きを知り、新しきを知る。」



これは、四字熟語 温故知新の意味です。


温故知新

この言葉、私好きなんです。

古いものから学び、新しいものの姿が見えてくるものがある。



日常物品の進化や、

今、世間を賑わすニュースや情勢もここから見えてくるものがあります。




この温故知新に関しては、
言語聴覚士の現場でも当てはまります。




言語聴覚士の嚥下訓練の現場では、


対象者の好きなもの、
食べたいものを訓練場面に使うことがあります。




私は講演の機会を頂くと、


「あなたの好きな食べ物はなんですか?」

「最期に食べたいものはなんですか?」



と、必ず聞きます。




これ、簡単なようで、
実は難しい、大切な質問です。




食べることを日々、楽しんでいる人にとっては
この質問はわりと簡単です。


いつも、自分の口に入れるものを
その時の気分や体調に合わせて意識しているから。



反対に、



日々の食事をあまり意識していない人だったり、

食べることをあまり楽しめていない人は、



この質問が少し難しいかもしれません。



たかが好きなもの、されど好きな食べ物。




「食」における好きなものには、
その人の心、自分の心を開く鍵があります。




バリバリに疲れた時、
心が枯れはてそうな時、



おいしいものが癒してくれた経験はありませんか?
好きな食べ物を食べて心が回復した経験はありませんか?



私たちは、五感でたくさんのことを感じています。

視覚、聴覚、嗅覚、触覚、そして味覚。



特に視覚、聴覚、嗅覚は
意識していなくても情報が入ってきて
無意識に感じますが、



味覚に関しては口にいれる意識がないと、
感じられません。



口の中に入ってくる、口に入れるということは、
そのものを「受け入れる」ということ。



そのためには、

その食べものに馴染みがあり、
興味関心があり、好みのものであり、



好感情を持っていないと、
口に入れる受け入れ態勢は整いません。




意外にも、自分の「好きなもの」がわからない人って結構います。


意外に思いますよね。


これ案外、若い人に多い傾向にあります。



そうなると、
「最期に食べたいもの」のイメージにまで、
なかなかたどり着かないんですよね。




そして、

私は講演の場面で、聴講者に若い方がいると
こんな質問もします。



「親の好きな食べものを言えますか?」




ギクッとしませんか?




自分の好きなものならすぐに言えるけど、
親の好きなものとなると、さてなんだろう・・・


と、なりますよね。




実際には、

必ずしも
最期に食べたいもの = 好きなたべものとは

限りません。





昔懐かしいふるさとの味かもしれないし、

一度は食べてみたかったものかもしれないし、

さっぱりとしたお水だけでいい、
ということもあります。




でも、最期に口にしたいものが

好きな食べ物であったり
なじみのある食べ物ということも現場では多くあります。



だから、


自分の好きな食べ物、食べたいものを自覚すること、

家族の好きな食べもの、食べていたものを意識しておくことは、



大切なことです。





いわば、


「自分の食の歴史」

「その方の食の歴史」





好きなものや、なじみのある食べ物、
思い入れのある食べ物は、



自分にとって、その方にとって、



固くなった心の鍵を開くものとなりえるのです。





例えば、
目の前の嚥下障害の対象者の方が、


ふと、「味噌汁が飲みてぇなぁ。」


と、ポツリと言ったとします。



この「味噌汁」といっても、
その家庭によって味も具材も異なるし、

暮らしてきた地域によっても、使うお味噌やだしも異なる。

味噌汁とは言っていても、郷土の三平汁やせんべい汁のことなのかもしれない。



喜ぶだろうと、一生懸命用意しても、



「これじゃねぇんだよなぁ・・・」と
言われてしまうかもしれません(笑)





また、嚥下訓練が行き詰ったとき、


看取りの場合に
楽しみ程度に口に含むものを考えた場合、



「そういえば、おばあちゃんいつもお茶を飲んでいたわ。」



こんな、家族からの情報から
お口に運んでからとてもスムーズに進むこともあります。



これが、流行りのタピオカドリンクでも、
若者に大人気のこってりハンバーガーでも、


きっと、その方の味覚から始まる心の開き
得られないでしょう。



それぐらい、
食の好みと習慣のある食べ物であったかは、
大事な奥深いものです。




これが「食の力」というもの。




食の力、食の歴史侮るなかれ、です。



栄養学的にはほとんど栄養のないものであったとしても、

そのたった一口で、命の灯が再び灯ることがあるのです。



口の力、食の力、
やはり大切にしたいものですね。